2階 石川啄木資料館

 2階は石川啄木資料館としての機能を担っています。入場無料。

 石川啄木は76日間にわたって第2次釧路新聞社の記者として活躍。そのころの時代を中心に資料を展示しています。

 また、閲覧室もありますので、書籍等をご覧いただくこともできます。

 1階Kobun Cafeのお飲み物などのご注文も可能。

本郷新ミニコーナー新設しました

2022年11月19日より新たに「本郷新」さんの展示コーナーを増設しました。

 

本郷新さんは、港文館の入舟緑地に石川啄木像の作者。1972(昭和47)年66歳の時でした。

 

釧路の石川啄木像制作にあたっての秘話など見逃せない展示です。銅像の原型の写真もありますよ。

また、ご希望の方には、本郷新さんの石川啄木作製時のDVDもご覧いただけます。

石川啄木の北海道略歴


明治40(1907)年5月5日

 

          8月25日

         9月13日

午前3時青森発「青函連絡船陸奥丸」に乗船し、午前9時に函館港の鉄道桟橋到着。 

函館大火

函館出発(札幌へ)

 

函館

132日間



         9月14日

         9月27日

午後1時 国鉄札幌駅に到着。

午後4時 国鉄札幌駅出発

札幌

14日間



         9月27日

 

         9月28日

 

        12月21日

 

         

         明治41(1908)年1月19日

夕刻 国鉄中央小樽駅到着

※次姉トラの旦那は中央小樽駅長

小樽日報に就職

※同じ職場には野口雨情がいた

12月12日、小樽日報の事務長である小林寅吉と論争になり、暴力を振るわれ退社を決意。この日に退社。一家が生活困窮となる。

家族を残して単身で小樽を出発。

 

 

小樽

115日間



      1月19~20日

      1月20~21日

岩見沢

旭川



         1月21日

 

 

 

 

 

 

         2月21日

 

 

         3月24日

          4月5日

朝に旭川駅を出発。午後9時30分に国鉄釧路駅に到着。

※現在の幸町公園にあったが、根室線が開通した大正6年に「浜釧路」駅と改名。

※当時の列車時刻表では、帯広駅と釧路駅間は5時間の所要時間であったが、当日は1時間以上遅れての到着であった。

料亭「喜望楼」にて小奴と初対面。

※鉄道操業視察の歓迎会(公的行事)

※当時18歳の小奴は料亭「軍鶏寅」

釧路新聞の日景編集長との確執

午前7時 酒田川丸にて釧路出発

 

 

 

 

 

 

釧路

76日間

 



          4月7日

         4月13日

         4月14日

         4月19日

         4月20日

         4月25日

宮古を経由して午後9時20分函館到着

家族を迎えに夕刻、小樽へ向かう

小樽到着

小樽を出発

函館到着

函館を出発して東京へ向かう

函館7日間

 

 

小樽6日間

 

 

函館6日間